※高城未来研究所【Future Report】Vol.707(1月3日)より
あけましておめでとうございます。
今週はコロラド州ボルダーにいます。
ボルダーはコロラド州の州都デンバーから北西へ約50kmほどに位置する、ロッキー山脈の東端、通称「フロントレンジ(Front Range)」の麓に広がる都市です。
標高が2000メートル近い高地にあるため、空気がとても乾燥しており、四季を通じて日照時間が長いのですが、冬は氷点下まで冷え込みます。
その上、寒波が来ればさらに冷え込み、4月でも最寄りのデンバー空港が閉鎖されることも頻繁で、実際、昨年春に訪れようと思ってもフライトが欠航続きで来れなかった思い出があります。
現在、ボルダーはカリフォルニア州から移住する人たちが急増している街でもあります。
中心部からは有名な岩稜「フラットアイアンズ(Flatirons)」が望めるほど自然との距離が近く、「年間300日以上が晴れ」と言われるほど日照が多いもの魅力ですが、なにより自由な雰囲気が地域一体に漂います。
その一端が娯楽大麻を全米でいち早く解禁したことで、今再び次の大波が押し寄せようとしています。
およそ十年ほど前にコロラドからはじまった娯楽大麻合法化ムーブメント「Green Rush」に続き、2022年11月、コロラド州では「プロポジション122(Proposition 122)」と呼ばれる住民投票が可決され、植物由来サイケデリック物質個人的使用や所持が事実上非犯罪化(Decriminalization)されました。
いまから半世紀以上前の1960年代、サイケデリック物質は、精神医学や心理学の研究で広く利用され、LSDやシロシビン(マジックマッシュルーム)は、うつ病、アルコール依存症、トラウマなどの治療に有望とされ、多くの学術論文が発表されました。
そして1968年になると、人類の精神拡張を求めて、世界中の多くの若者たちがサイケデリック物質を摂るようになりました。
この大きなカウンターカルチャー・ムーブメントは「サマー・オブ・ラブ」と呼ばれます。
「カウンターカルチャー」とは、保守的・物質主義的とみられた当時の米国社会に対して、新たな価値観を打ち出そうとする若者の動きです。
サマー・オブ・ラブは、そのカウンターカルチャーを象徴する出来事でした。
ところが、政府はこの動きを危険思想とみなします。
当時、ベトナム戦争真っ只中で、変容意識を獲得した若者たちは戦争反対を強く訴えました。
この結果、すべてのサイケデリック物質は政府とマスコミによって禁忌とされ、「社会悪」としてレッテルを貼られることになったのです。
こうしてサイケデリック物質の多くが「規制薬物(Schedule I)」に指定され、研究が全面的に停止。
精神医学は主に抗うつ薬や抗精神病薬に焦点を移しました。
その後、2010年代に入るとサイケデリックの復興期が訪れます。
蔓延する抗うつ薬や抗精神病薬が社会問題となり、インペリアル・カレッジ・ロンドン、ジョンズ・ホプキンス大学などの主要な研究機関でサイケデリック物質の臨床試験が増加。
科学技術の進歩と精神疾患治療の新たなニーズの高まりにより、再び研究が活発化しました。
治療抵抗性うつ病、不安症、PTSDに対する効果が臨床試験で示され、ついにアメリカのFDA(食品医薬品局)は、シロシビンを「画期的治療薬」に指定したのです。
この復興に関する一連の動きは、「サイケデリック・ルネッサンス」と呼ばれています。
あわせて、サイケデリック物質を用いて、人間の意識や自己感覚の仕組みを探求する研究が進行し、サイケデリック体験が映画、音楽、文学で再び大きく注目され、ポップカルチャーに影響を与えはじめました。
また、サイケデリック治療を提供する企業やスタートアップが急増中です。
こうしてサイケデリック・ルネッサンスは、科学、医療、文化の交差点で起こり、メンタルヘルス治療の新しい希望を提供すると同時に、個人の成長や自己探求のツールとしての可能性が高まっているのが現在です。
また、かつてのサイケデリックムーブメントは、サンフランシスコという海辺の街からはじまりましたが、現在起きているサイケデリック・ルネッサンスは、オレゴンやコロラドといった山からはじまっているのも大変興味深い点です。
太古の昔から、乱世になれば山に賢者が集まり、天啓を受けるのが習わしですが、今回のサイケデリック・ルネッサンスも他ではないかもしれません。
日本でも治験が始まったシロシビンを中心とした医療サイケデリック。
広大な内宇宙は、人間のラストリゾートなのだろうとロッキー山脈の麓で考える今週です。
とても寒いですけど・・・。
高城未来研究所「Future Report」
Vol.707 1月3日発行
■目次
1. 近況
2. 世界の俯瞰図
3. デュアルライフ、ハイパーノマドのススメ
4. 「病」との対話
5. 大ビジュアルコミュニケーション時代を生き抜く方法
6. Q&Aコーナー
7. 連載のお知らせ
高城未来研究所は、近未来を読み解く総合研究所です。実際に海外を飛び回って現場を見てまわる僕を中心に、世界情勢や経済だけではなく、移住や海外就職のプロフェッショナルなど、多岐にわたる多くの研究員が、企業と個人を顧客に未来を個別にコンサルティングをしていきます。毎週お届けする「FutureReport」は、この研究所の定期レポートで、今後世界はどのように変わっていくのか、そして、何に気をつけ、何をしなくてはいけないのか、をマスでは発言できない私見と俯瞰的視座をあわせてお届けします。
その他の記事
実はまだいじくっている10cmフルレンジバックロード(小寺信良) | |
「先生」と呼ぶか、「さん」と呼ぶか(甲野善紀) | |
ニューノーマル化する夏の猛暑(高城剛) | |
「病む田舎」の象徴となるような事件が多いなあという話(やまもといちろう) | |
辻元清美女史とリベラルの復権その他で対談をしたんですが、話が噛み合いませんでした(やまもといちろう) | |
(1)上達し続ける人だけがもつ「謙虚さ」(山中教子) | |
“スクランブル化”だけで本当の意味で「NHKから国民を守る」ことはできるのか?(本田雅一) | |
「自然な○○」という脅し–お産と子育てにまつわる選民意識について(若林理砂) | |
「あたらしい領域」へ踏み込むときに行き先を迷わないために必要な地図(高城剛) | |
隣は「どうやって文字入力する」人ぞ(西田宗千佳) | |
住んでいるだけでワクワクする街の見つけ方(石田衣良) | |
「こんな死に方もありますよ」と、そっと差し出す映画です ~『痛くない死に方』監督高橋伴明×出演下元史朗インタビュー(切通理作) | |
PS5の「コストのかけどころ」から見える、この先10年の技術トレンド(本田雅一) | |
トレーニングとしてのウォーキング(高城剛) | |
私が古典とSFをお勧めする理由(名越康文) |